レインボー広場 - NO.50 緑を買う(1)
5月1日の朝刊(東京)一面「千と千尋の神隠し」で、米アカデミー賞長編アニメーション賞を受賞した宮崎駿さんが、「ゴミ拾い」を持って、森の中を歩いておられる写真が大きく載っていた。その記事には、「この星と生きる」「半径300mに責任を」(宅地開発計画のあった渕の森〔トトロの森〕を、そのままにするため、宮崎さんは3億円を投じたという)10月名古屋で開かれる生物多様性条例第10回締約国会議(COP10)で、古里の自然の復活を期する」などが並び、宮崎さんは、こんなことを述べておられる。
「都会の空き地に生えている植物はほとんど外来種ですよ」
「在来の植物を傷めているのは人間。聖地などにより、人間が壊した。秋の虫のウマオイなどは、この森に全然見なくなってしまった」
「人間が変わりましたね。一匹の蚊、一匹のハエで大騒ぎする。ほかの生物といっしょに暮らせないなんて」
宮崎さんの悲しみが、私にも伝わってくるようである。
社会学では、自然・人間・社会として、社会システムを研究することが多い。この中で自然と人間は生命活動を営んでいると捕らえてきた。
フランス語「naitre」には、花が「咲き」、植物が「芽ばえ」、川が「流れ出し」万物が「生まれる」という意味がこめられている。ところが資本主義、市場原理の消費中心の現社会では、自然のかなりの部分が再生不可能と化している。宮崎さんに負けず、自然の復活を期したい。
【拓殖大学名誉教授 小林 一也】
「都会の空き地に生えている植物はほとんど外来種ですよ」
「在来の植物を傷めているのは人間。聖地などにより、人間が壊した。秋の虫のウマオイなどは、この森に全然見なくなってしまった」
「人間が変わりましたね。一匹の蚊、一匹のハエで大騒ぎする。ほかの生物といっしょに暮らせないなんて」
宮崎さんの悲しみが、私にも伝わってくるようである。
社会学では、自然・人間・社会として、社会システムを研究することが多い。この中で自然と人間は生命活動を営んでいると捕らえてきた。
フランス語「naitre」には、花が「咲き」、植物が「芽ばえ」、川が「流れ出し」万物が「生まれる」という意味がこめられている。ところが資本主義、市場原理の消費中心の現社会では、自然のかなりの部分が再生不可能と化している。宮崎さんに負けず、自然の復活を期したい。
【拓殖大学名誉教授 小林 一也】